2020/09/29
『おすしときどきおに』『植物界』で第2回絵本出版賞をW受賞し、絵本作家としてデビューしたくさなりさん。
3作目の詩人ティエン・ユアンさんとの共作絵本『ねことおばあさん』も話題を呼んでいます。
現在4作目の絵本の制作に着手しているくさなりさんに、今まで出した絵本の制作秘話や、絵本作家として心がけていることなどを聞きました。
― くさなりさんのデビューのきっかけは、第2回絵本出版賞ですよね。応募しようと思ったきっかけは?
『植物界』は、もともと賞に応募しようと思って描いていたわけではないのですが、描き終えた後に何となく調べてみた際、偶然こちらの賞を見つけました。「大人向け絵本部門」というのが珍しいなと思い、これだったらわたしの作品も合うかもしれない、と感じたんです。また、制作したまま原画を放置していた『おすしときどきおに』も、せっかくなので試しに送ってみよう、と思い併せて応募しました。
― くさなりさんの絵と物語には、どこにもない独特の質感というか、風合いがあると思います。もともと絵を描くのが好きだったんですか?
小さい頃から人と話すのがすごく苦手で、もくもくと絵を描くことが、自分の気持ちを表現する方法だったんです。大学はデザイン学部で、デッサンなどの授業も一部あったのですが、イラストについてはほどんど独学です。
― 幼い頃からずっと自分の絵を描き続けてきたのですね。
大学卒業後に、コンペに出すために描いたりしていたのですが、しばらくして絵が描けなくなってしまって、5年くらい描くことをやめていた時期もありました。そのあと、コンペのことは考えないで自分の描きたいものを自由に描いてみよう、と思ったら楽になって、また描けるようになったので今回応募しました。
― この2作は、「本当に同じ人が描いたのかな?」と思うほど、雰囲気が全然違いますね。
『おすしときどきおに』は、絵本という形ならどういうものが楽しいかな? と思いながらつくって、『植物界』は自分のために描いたという感じです。
― 『おすしときどきおに』は、回転寿司に行ったら「おに」がお皿に乗って現われた、というユニークな展開の絵本ですが、このアイデアはどうやって生まれたんですか?
なにか、お笑い要素があってキャラクターに特徴がある絵本をつくりたいなと思って考えていたときに、回転寿司に行ったんです。
昔、『爆笑レッドカーペット』というバラエティ番組があったのですが、ご存知ですか? 芸人さんたちが動くカーペットに乗ってやってきて、ネタを披露する番組なんですけど。回転寿司でぐるぐる回ってくるお皿を見ていたら、その番組を思い出して。
あんな感じで、流れてくるお皿に乗って面白い芸をやってそのまましゅっと消えていくキャラクターがいたら面白いかなと思って。
― そんな発想だったとは(笑) キャラクターを「おに」にしようというのは、最初から決まっていたんですか?
いちばん最初は猫にしようかなと思っていたんです。でも「回転寿司と猫」だと、もうすでに存在する組み合わせのような気がして。じゃあ何が面白いかなと考えたとき、鬼にしたら、本物の鬼より実は人間のほうが怖い、など色々な要素を盛り込めるので、テーマがより深くなるかなと思いました。
― もうひとつの『植物界』はどのように生まれたんですか?
こちらはもっと個人的な考えから生まれました。自分がストレスを感じている時に、人間じゃないものになりたいと思ったんです。人間じゃないものってなんだろう。生き物のように複雑な感情がなく生きているものは、植物なのかなと。そんな発想から物語が生まれました。
― 両方ともユニークな視点から生まれたのですね。出版された本の内容は、応募時のものと同じですか?それとも出版に向けて色々変更したんですか?
『おすしときどきおに』は、最初はもっと、ブラックなオチだったんです。男の子がお寿司を食べていないのに食べたと思われてお母さんに怒られるところで終わっていて。でも、そのシーンではお母さんが怖い顔をしているので、この絵本を読むお母さんが嫌な気持ちになってしまうかなと思いました。それで、親子が3人、夕日に向かって帰っていくシーンを足したら、ほっこりあたたかい感じの平和なオチになりました。
― 本にお寿司の注文書が挟まっているのが素敵なアイデアだと思いました。
あれは社長のアイデアです。最初は本のおまけページにするつもりだったのですが、ページ数の関係でハガキにして挟むことになりました。
― うちのスタッフの子供が100億円の「おに」を100匹注文していて、お会計が大変なことになっていました。
かわいい(笑)
― 『植物界』のほうは、編集を担当した弊社の川口が「最初は文字が横組みだったけど、最後の最後で縦組みに変えたらとても素敵になった」と言っていました。それも興味深いエピソードですよね。
そうですね。縦組みにするなんて、自分だけでは絶対に思いつかないアイデアですが、「縦にしたほうが、レイアウトがしっかりして、精神的に深い感じで読めるのではないか」と言われて。
横組みは左綴じで、縦組みは右綴じなので、本を開く方向が反対になるんですね。わたしはもともと横組みで左綴じを想定して描いていたので、縦組みにすると構成が合わないページは、絵を反転させました。
実際に縦にしたら、いい具合に収まってしっくりきたので、本当に良かったなと思っています。
― 今までおひとりで作品をつくってきたと思うのですが、編集者と一緒につくるというのはどうでしたか?
やっぱり1人で進めていると、気づかないうちに独りよがりになっていることがあると思うんです。本当はまったく面白くないんじゃないか、という不安も出てくるのですが、そこで編集者さんがアイデアを褒めてくれたり客観的な意見を言ってくれると、すごく安心して進めることができるので、本当に良かったです。
― 実際に本が世に出たとき、どのように感じましたか?
わたしの気質の問題だと思うのですが、あまり興奮したりはしなくて。正直に言えば、あまりピンときていないという感じです。でも、友達の子供が本の感想をくれたり、本を楽しんでいる様子を写真で送ってくれると、うれしいなと思います。
― 2冊を出したあと、中国の詩人ティエン・ユアンさんと共作で絵本『ねことおばあさん』を発売しましたね。こちらは、どのような経緯で出版することになったんですか?
社長から、ティエン・ユアンさんが書いた童話に絵を添える人を探しているとお話をいただいたんです。そのあと、5つほど物語を送っていただいて、犬の話、蝉の話など色々あったのですが、猫の話を選びました。わたしも猫が好きですし、この中だったらいちばん描きやすそうだなと思ったんです。それから簡単な絵本のラフを描いて提出して、よし、これでいこう、ということになりました。
― 今までの絵本はくさなりさんのオリジナルでしたが、原作者がいてその方の物語を描くというのはどうでしたか?
なるべく原作者の意図や気持ちを汲み取りつつ自分でできる表現を出していったら、自分なりに楽しく制作できるかな、と思いながらつくりました。
― 最後に、言葉のないページが数ページありますね。言葉の先にも物語が広がり続けていて、とても印象的でした。うちの社長も「ラストの数ページで絵本に永遠性が生まれた」と言っていました。
あの部分は、わたしが勝手に描いてしまったんです。絵本としてまとめるなら、”悲しいラスト”と受け止められる可能性もある終わり方ではなく、あんなふうに続いていくといいかなと思って。
― 猫の目がオッドアイなのも絵本全体に効いていて素敵ですよね。
最初は黒猫ということだけ決まっていたのですが、愛着を持ってもらえるかなと思ったのと、最後のメッセージにつながるので、目の色を変えました。自分のアイデアを足したほうが、2人でひとつの作品をつくる意味があると思うんです。だから色々と、自分のアイデアを入れていきました。
― 今、また新たな絵本を制作中なんですよね。
はい、夢に関わる物語です。昔考えた元のアイデアがあって、今それを改めて構成し直しているところです。
― 絵はどのくらいのペースで描いているのですか?
平日の日中は仕事をしているので、土日や平日の夜時間があるときに描いています。ペースはいちどの土日で見開き1つくらいでしょうか。
― 最後に、絵本作家として自分の表現を続けていく上で大切にしていることがあれば、ぜひ教えてください。
先ほど、大学を卒業してからしばらく描けなくなったと言いましたけど、それは、絵本を出さなきゃ、人に見てもらわなきゃ、という気持ちが強かったからだと思います。でも今は、べつに人に見られなくても描けるんです。それは、まずは自分の描きたいものを描く、というのを心がけているからだと思います。
人の反応を気にするのも大事ですが、自分が描きたいものを描くというのが前提にないと、反応が返ってこないと苦しくなってしまうんです。それに、自分が描きたいものを描いていると、この面白さを分かってくれ、というような押し付けがましさや、何かを説きたいという説教臭さも出さないで済むような気がして。
だからわたしは、だれも読まなくても自分だけは読みたいと思うものを描こう、と思いながら描いています。
― まずは自分の描きたいものを描く。それはシンプルなようで一番むずかしいことかもしれません。今日は、大切な言葉をたくさんもらいました。どうもありがとうございました。
プロフィール
くさなり(草成)
島根県生まれ。絵本作家、イラストレーターとして活動している。第2回絵本出版賞で2部門同時受賞を果たし、現在計3冊が発売されて人気を博している。
※この記事は提携出版社のウェブマガジン「みらいチャンネル」から提供されたものです。